アイデンティティ確認の場としての Ijahis Idja : フィンランドにおけるサーミのフェスティヴァルを例に

本論文は、フィンランドで毎年8月に開催されるサーミの音楽祭Ijahis Idjaを取り上げ、この音楽祭がヨイクjoikなどの固有の音楽を用いてアイデンティティ確認の場として機能している様子を考察することを目的としている。サーミは、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアのコラ半島に居住する、北欧におけるマイノリティの立場に置かれた人々のことを指し、言語学的にはフィン・ウゴル語派に分類されている。現在は10のサーミ諸語に区分されているが、フィンランドには、そのうちの北サーミNorth Sámi、イナリ・サーミ Inari Sámi、スコルト・サーミSkolt Sámiの3つの言語グループが...

Full description

Bibliographic Details
Main Authors: 松村, 麻由, マツムラ, マユ, Matsumura, Mayu
Language:Japanese
Published: 国立音楽大学大学院 2024
Subjects:
Online Access:https://kunion.repo.nii.ac.jp/record/2000533/files/D36_217_Matsumura.pdf
Description
Summary:本論文は、フィンランドで毎年8月に開催されるサーミの音楽祭Ijahis Idjaを取り上げ、この音楽祭がヨイクjoikなどの固有の音楽を用いてアイデンティティ確認の場として機能している様子を考察することを目的としている。サーミは、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアのコラ半島に居住する、北欧におけるマイノリティの立場に置かれた人々のことを指し、言語学的にはフィン・ウゴル語派に分類されている。現在は10のサーミ諸語に区分されているが、フィンランドには、そのうちの北サーミNorth Sámi、イナリ・サーミ Inari Sámi、スコルト・サーミSkolt Sámiの3つの言語グループが居住しており、それぞれ歴史的背景や音楽にも相違がある。北サーミはヨイク、イナリ・サーミはlivđe、スコルト・サーミはleu’ddと呼ばれる音楽があるが、その中でもlivđeとleu’ddは、近年まで忘れられた伝統として捉えられていた。 Ijahis Idjaは、2004年からフィンランドのイナリ村Inariで開催され、サーミの行政を担う場所、そして文化施設でもあるSajosの建設計画にあたって発案された。この音楽祭のプログラムには、上に挙げた3つの伝統音楽がプログラムの中に必ず組み込まれていた。ヨイクを中心に据えて活動するアーティストは、フィンランドのみならず、ノルウェー、スウェーデンからも出演しており、非常に規模の小さな民族集団が国境を越えて伝統音楽を介して結びつこうとする様子が確認できた。また、子どもや若者がサーミの伝統を追体験できる機会、子どもたちがステージ上でパフォーマンスする機会が設けられていたが、このように子どもの頃からサーミの文化に触れる機会を提供することで、サーミという民族集団として、そして、それぞれの言語グループのサーミとしてのアイデンティティの形成に繋がると考えられる。 音楽祭は、「先住民族の人々の音楽を称えるフェスティヴァル」だが、実際にはフィンランドのサーミの音楽を生で聴ける機会を提供する場、子どもたちや若者にとって重要な場、そして新人アーティストが自らをアピールする場として重要視されていることが確認できた。また、単にサーミの音楽を実際に聴ける機会を提供するだけではなく、「フィンランドで開催される」こと、そして、「村の中」つまり、サーミの共同体の中で開催され、伝統文化を共同体と有機的に結び付けようと試みていることも、独自性のひとつである。一方、この音楽祭とフィンランド政府との関わりの中でサーミのアイデンティティ形成に見られる影響の問題、および音楽祭の政治的な側面については明らかにできなかった。そのため、予算の実態も含めて引き続き調査を進めたい。今後は、ノルウェー側のフェスティヴァルと比較することで、フィンランドとノルウェーのサーミのアイデンティティの所在や、子どもたちにヨイクやサーミの音楽をどのように伝承しようとしているのかを検討する。また、フェスティヴァルの開催される場についても比較検討する予定である。 departmental bulletin paper