コリャーク語の与格名詞をめぐる諸現象について : 充当相、S=A 交替、授与動詞

本稿では、コリャーク語(Koryak:チュクチ・カムチャツカ語族)の与格名詞をめぐるいくつかの現象を考察する。具体的には、受益者が与格で現れるBenefactiveの充当相を、被動作者が与格で現れるS=A交替、充当相同様に受益者が与格で現れる授与動詞文とそれぞれ比較する。それにより、コリャーク語の充当相の輪郭を明確にする。まず、充当相とS=A交替について見る。両者は同じく、絶対格を取る名詞項を前景化させるための統語操作であるが、派生の方向が違う。すなわち、充当相は、副次項である斜格名詞を主要項(目的語)に昇格させ、結合価の増加を引き起こす手段である。したがって、動詞は他動詞活用する。本稿の考察...

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Bibliographic Details
Main Author: 呉人, 惠
Format: Article in Journal/Newspaper
Language:Japanese
Published: 日本北方言語学会
Subjects:
800
Online Access:http://hdl.handle.net/2115/73726
Description
Summary:本稿では、コリャーク語(Koryak:チュクチ・カムチャツカ語族)の与格名詞をめぐるいくつかの現象を考察する。具体的には、受益者が与格で現れるBenefactiveの充当相を、被動作者が与格で現れるS=A交替、充当相同様に受益者が与格で現れる授与動詞文とそれぞれ比較する。それにより、コリャーク語の充当相の輪郭を明確にする。まず、充当相とS=A交替について見る。両者は同じく、絶対格を取る名詞項を前景化させるための統語操作であるが、派生の方向が違う。すなわち、充当相は、副次項である斜格名詞を主要項(目的語)に昇格させ、結合価の増加を引き起こす手段である。したがって、動詞は他動詞活用する。本稿の考察対象であるBenefactiveの充当相では、与格の受益者が絶対格に昇格し、目的語となる。具体例を見る。(1a)はもとの自動詞文、(1b)は充当相化した他動詞文である。(1) a. enniw-Ø ɣəmk-ə-ŋ ənnəjet-i-Ø.uncle-ABS.SG 1SG-E-DAT fish-PF-3SG.Sb. ənniv-ə-ne-k ɣəmmo ine-nnəjet-i-Ø.uncle-E-AN.SG-LOC(ERG) 1SG.ABS 1SG.O-fish-PF-3SG.A「叔父は私に魚を釣ってきてくれた」 一方、S=A交替は、反対に主要項を斜格に降格させ、結合価の減少を引き起こす手段である。具体例を見る。(2a)は、もとになる他動詞文であり、他動詞主語は具格(能格)、目的語は絶対格で現れている。(2b)では、他動詞主語が具格から絶対格に昇格して自動詞主語になると同時に、目的語が斜格に降格し、動詞は逆受動接尾辞 -tku が付加されることによって自動詞化する。なお、「子供」を意味する名詞語幹の母音が、(2a) ではkəmiŋ, (2b) ではkəmeŋ と異なるのは、母音調和による(コリャーク語の母音調和についてはKurebito 2001本稿では、コリャーク語(Koryak:チュクチ・カムチャツカ語族)の与格名詞をめぐるいくつかの現象を考察する。具体的には、受益者が与格で現れるBenefactive の充当相を、被動作者が与格で現れるS=A 交替、充当相同様に受益者が与格で現れる授与動詞文とそれぞれ比較する。それにより、コリャーク語の充当相の輪郭を明確にする。まず、充当相とS=A 交替について見る。両者は同じく、絶対格を取る名詞項を前景化させるための統語操作であるが、派生の方向が違う。すなわち、充当相は、副次項である斜格名詞を主要項(目的語)に昇格させ、結合価の増加を引き起こす手段である。したがって、動詞は他動詞活用する。本稿の考察対象であるBenefactive の充当相では、与格の受益者が絶対格に昇格し、目的語となる。具体例を見る。(1a) はもとの自動詞文、(1b) は充当相化した他動詞文である。(1) a. enniw-Ø ɣəmk-ə-ŋ ənnəjet-i-Ø.uncle-ABS.SG 1SG-E-DAT fish-PF-3SG.Sb. ənniv-ə-ne-k ɣəmmo ine-nnəjet-i-Ø.uncle-E-AN.SG-LOC(ERG) 1SG.ABS 1SG.O-fish-PF-3SG.A「叔父は私に魚を釣ってきてくれた」一方、S=A 交替は、反対に主要項を斜格に降格させ、結合価の減少を引き起こす手段である。具体例を見る。(2a) は、もとになる他動詞文であり、他動詞主語は具格(能格)、目的語は絶対格で現れている。(2b) では、他動詞主語が具格から絶対格に昇格して自動詞主語になると同時に、目的語が斜格に降格し、動詞は逆受動接尾辞 -tku が付加されることによって自動詞化する。なお、「子供」を意味する名詞語幹の母音が、(2a) ではkəmiŋ, (2b) ではkəmeŋ と異なるのは、母音調和による(コリャーク語の母音調和についてはKurebito 2001(5) vava-na-k kəmeŋ-ə-ŋ ɣe-nqeviw-linet-Ø mitʕajina-tgranma-AN.SG-LOC(ERG) child-E-DAT RES-give-3DU.O-3SG.A beautiful-ABS.DUpeŋke-t.hat-ABS.DU「おばあさんは子どもに2 つの美しい帽子をあげた」(6) vava-na-k kəmeŋ-ə-ŋ ɣe-lle-linet-Ø mitʕajina-tgranma-AN.SG-LOC(ERG) child-E-DAT RES-carry-3DU.O-3SG.A beautiful-ABS.DUpeŋke-t.hat-ABS.DU「おばあさんは子どもに2 つの美しい帽子を持って行った」英語においても、give と send がいずれもDative Shift ...