保障占領下北樺太における日本人の活動 (1920-1925)

本稿は, 1918年から始まるシベリア出兵の最中の1920年春に発生した尼港事件への対抗措置として, 同年から1925年まで日本軍によって行われた北樺太(北サハリン)保障占領について, その日本領土化を期待して同地に移住した日本人移住者(居留民)に焦点を当てて, 日本軍政下の北樺太社会の動向を分析したものである。 保障占領開始後に同地へ到来した日本人は, 主に商工業者から構成されており, 近代日本における対外膨張の過程で各地においてみられた「一旗組」のパターンと軌を一にしていた。しかし同地での営業には限られた商機しか存在せず, 交通インフラの未整備や中国人商人の台頭なども重なり, 居留民は同地...

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Bibliographic Details
Main Author: 竹野, 学
Format: Article in Journal/Newspaper
Language:Japanese
Published: 北海道大学大学院経済学研究科
Subjects:
334
Online Access:http://hdl.handle.net/2115/52284
id fthokunivhus:oai:eprints.lib.hokudai.ac.jp:2115/52284
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spelling fthokunivhus:oai:eprints.lib.hokudai.ac.jp:2115/52284 2023-05-15T18:09:20+02:00 保障占領下北樺太における日本人の活動 (1920-1925) The Japanese Economic Activities in North Sakhalin under Protective Occupation, 1920-1925 竹野, 学 http://hdl.handle.net/2115/52284 jpn jpn 北海道大学大学院経済学研究科 http://hdl.handle.net/2115/52284 經濟學研究, 62(3): 31-48 北樺太 北サハリン 尼港事件 保障占領 日本人移住者 居留民社会 334 bulletin (article) fthokunivhus 2022-11-18T01:02:41Z 本稿は, 1918年から始まるシベリア出兵の最中の1920年春に発生した尼港事件への対抗措置として, 同年から1925年まで日本軍によって行われた北樺太(北サハリン)保障占領について, その日本領土化を期待して同地に移住した日本人移住者(居留民)に焦点を当てて, 日本軍政下の北樺太社会の動向を分析したものである。 保障占領開始後に同地へ到来した日本人は, 主に商工業者から構成されており, 近代日本における対外膨張の過程で各地においてみられた「一旗組」のパターンと軌を一にしていた。しかし同地での営業には限られた商機しか存在せず, 交通インフラの未整備や中国人商人の台頭なども重なり, 居留民は同地から撤退を始め, 最終的には1925年1月の日ソ基本条約締結によって総員の北樺太引揚げを余儀なくされる。 このような北樺太の経験は, 近代日本における対外膨張の過程においては例外的な逸脱事例であることを指摘した。 Article in Journal/Newspaper Sakhalin Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers (HUSCAP)
institution Open Polar
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